アーサー・マイアー・シュレジンガーJr/都留重人『アメリカの分裂』岩波書店,1992 「引用の語り」

1980~90年代のアフリカ系アメリカ人の一部によるアフリカ中心主義的運動を痛烈に批判し、筆者の言う「伝統的アメリカの価値観」(多様性を守るための自由・平等などの概念)の下に諸民族が統合するべきだ(というか、いずれ統合するだろう、当時の混乱は一過のものに過ぎない)という本。アメリカ国内の分離が(主に人種問題ではないにしろ)解決したのかどうかは今のアメリカを見れば火を見るよりも明らかであるが、天国のシュレジンガーJrは何を思うのか。

 

ところで本書は筆者の主張の正当性を高めるためにさまざまな人物の発言を引用して(実のところ本書の1/3は引用なのではないだろうか…各章大体2,30ページだが、だいたい40前後の引用元を示す脚注がついている)いるのだが、これがはたして正当性を高めているのかわからない。というのも、私はアメリカのアメリカ史学者・政治学者(国際的に有名な人物を除く)については全くの門外漢なので、彼らが権威として十分かどうかが判断できないからである(ただ、「○○大学教授の誰それは~」みたいな肩書をわざわざ付している引用が半分ぐらいあったので、専門家が読んでも微妙かもしれない)。

加えて引用された各人は立場や時代を異にするのはもちろんそうなので、シュレジンガーの意図する文脈を外れた別文脈が引用に載る場合が何度かあった。すると筆者の「意図」を組みつつ読むわけだが、果たしてこの「思いやり」的な読み方は正しいのだろうか…と自問してしまう。

引用はコンテクストをないがしろにする可能性が割と高いし、本文と引用文がテクストを軸としたうえで全く異なるコンテクストを持っているか否かの判別は非常にコストが高いので、私は過度な引用はあまり好きではない(逆に「参考文献」は好きである)。コンテクストの一致を確認するのは果たして読者の責任なのか否か…。なかなか難しい。